Windows Copilot Runtimeとは
Windows Copilot Runtimeは、Windows 11に統合されたAI機能の実行環境(プラットフォーム)です。Recall、Cocreator、Live Captions、Windows Studio EffectsなどのCopilot+ PC機能を提供すると同時に、サードパーティアプリケーションもNPU(Neural Processing Unit)を活用できるようにする「土台」の役割を果たします。名前に「Copilot」と付いていますが、いわゆるチャットAIアシスタントのCopilotそのものとは別物で、AI機能をOSレベルで動かすための実行基盤・API群を指す点が最大の特徴です。
Microsoftは2024年5月のBuildイベントで、この実行環境と「Copilot+ PC」というハードウェア規格をセットで発表しました。背景にあるのは、クラウドAI(ChatGPTやMicrosoft 365 Copilotなど)だけに依存すると、通信遅延・API利用コスト・プライバシー懸念(画面内容や音声を外部サーバーに送信する必要がある)といった課題が残るという問題意識です。Windows Copilot Runtimeは、モデル推論をローカルのNPU上で完結させる「オンデバイスAI(on-device AI)」を軸に、必要に応じてクラウドAIとも連携する「ハイブリッドAI」構成を実現するための共通レイヤーとして設計されています。
位置づけを整理すると、Windows Copilot Runtimeは次の3層構造の「真ん中」に位置します。
- ハードウェア層:Snapdragon X、Intel Core Ultra、AMD Ryzen AIなど各社のNPUチップ
- 実行環境層(Windows Copilot Runtime):ドライバとAPIの差異を吸収し、共通のプログラミングモデルを提供
- アプリケーション層:Recallなど純正機能から、Adobe・DaVinci ResolveなどサードパーティアプリまでのAI機能
この構造により、開発者は「どのメーカーのNPUで動くか」を意識せずにAI機能を実装でき、ユーザーは購入したPCのメーカーを問わずCopilot+ PCとして同じ体験を得られる、というのがWindows Copilot Runtimeの狙いです。
仕組み・アーキテクチャ
1. システムレベルのAI機能(純正アプリ)
- Recall:画面履歴をローカルでインデックス化し、自然言語で過去に見た画面を検索できる機能
- Live Captions:再生中の音声をリアルタイムで字幕化・翻訳(オフラインでも動作)
- Windows Studio Effects:Web会議での背景ぼかし、視線補正、自動フレーミングなどをNPU側で処理しCPU/GPU負荷を軽減
- Cocreator:ペイントアプリ上でプロンプトからAI画像を生成・編集する機能
- Click to Do:画面上のテキストや画像を選択し、要約・書き換え・画像生成などの操作をコンテキストメニューから呼び出す機能
2. 開発者向けAPI(3つの抽象化レベル)
Windows Copilot Runtimeが提供するAPIは、抽象度に応じて大きく3段階に分かれます。目的に応じて使い分けるのが実務上のポイントです。
| レイヤー | API/機能 | 用途 |
|---|---|---|
| 高レベル(すぐ使える) | Windows AI API(OCR、画像超解像、テキスト要約など) | モデルを自前で用意せず、既製のAI機能を数行の呼び出しで組み込む |
| 中レベル | Windows.AI.MachineLearning(.NET/WinRT)、ONNX Runtime | 独自にトレーニング・変換したONNX形式モデルを推論実行する |
| 低レベル | DirectML | GPU/NPUへの直接アクセスが必要な独自実装・高度な最適化 |
実務では、まず高レベルAPIで要件を満たせないか検討し、モデルの独自性やパフォーマンス要件が高い場合に中〜低レベルAPIへ降りていく、という順序で検討するのが定石です。低レベルAPIから着手すると、ハードウェア差異への対応コストが早期に発生し開発期間が伸びやすくなります。
3. ハードウェア抽象化とNPU性能の目安
Windows Copilot Runtimeは、Intel・AMD・QualcommそれぞれのNPUドライバ差異を吸収し、開発者が個別対応しなくても動くようにする「ハードウェア抽象化レイヤー」を持ちます。実行時にはランタイムが搭載NPUを検出し、最適な演算パスを自動選択します。主要チップのNPU性能目安は以下の通りです(数値は各社公表値のおおよその目安で、モデルや世代により変動します)。
| チップ(NPU) | 搭載製品例 | NPU性能目安 |
|---|---|---|
| Qualcomm Snapdragon X(Hexagon NPU) | Surface Laptop、各社Copilot+ PC | 45 TOPS程度 |
| Intel Core Ultra(シリーズ2、Intel AI Boost) | Lunar Lake世代ノートPC | 40〜48 TOPS程度 |
| AMD Ryzen AI 300シリーズ(XDNA 2) | Ryzen AI 9搭載ノートPC | 50 TOPS程度 |
40 TOPS(1秒あたり40兆回のAI演算)が、MicrosoftがCopilot+ PCとして認定する際の一つの目安ラインとされています。この閾値を境に、Recallなど一部の機能がNPU側で常時稼働できるかどうかが分かれる設計です。
具体例:サードパーティアプリの活用例
Windows Copilot Runtimeの価値は、Microsoft純正機能だけでなく、サードパーティ製アプリが「同じNPUを共有して」AI処理を高速化できる点にあります。代表的な活用例は次の通りです。
- Adobe Photoshop:Neural Filters(被写体の自動選択、空の置き換えなど)がNPU上で動作し、GPUリソースを他の処理に回せる
- DaVinci Resolve:Magic Mask(被写体の自動マスク抽出)やスピードワープなどのAI編集機能をNPUオフロードで高速化
- Zoom / Microsoft Teams:背景ぼかし・ノイズ抑制・自動フレーミングにWindows Studio Effectsを自動利用し、Web会議中のバッテリー消費とファン音を抑制
- ブラウザ(Microsoft Edge等):Live Captionsをシステムレベルで呼び出し、動画サイトや会議ツールを問わず字幕・翻訳を表示
- CapCut・DaVinci以外の動画編集アプリ:ローカルのSLM(小型言語モデル)を使ったテロップ自動生成や要約機能
共通するのは、いずれも「クラウドAPIに送信せず、PC内のNPUだけで処理が完結する」点です。これにより、ネットワーク遅延がなく、通信量やAPI従量課金も発生しないというメリットが得られます。一方で、対応にはアプリ側の作り込み(ONNX形式へのモデル変換、DirectMLへの対応)が必要なため、対応アプリは2026年現在も拡大の途上にあります。
メリット・デメリット(注意点)
Windows Copilot Runtimeを導入・活用する際は、良い面だけでなく制約も理解しておく必要があります。
メリット
- プライバシー面の安心感:画面内容や音声といったセンシティブな情報をクラウドに送信せず、端末内のNPUで処理を完結できる
- 低遅延:ネットワーク往復(ラウンドトリップ)が発生しないため、字幕表示や画像編集プレビューなどリアルタイム性が求められる処理に向く
- ランニングコストの抑制:クラウドAPIの従量課金が発生せず、オフライン環境でも動作する
- 開発の一本化:Intel/AMD/Qualcommの違いを個別に実装しなくてよく、対応ハードウェアが広い
- CPU/GPUの負荷分散:AI処理をNPUに逃がすことで、バッテリー消費や本体の発熱・ファン音を抑えられる
デメリット・注意点
- 対応ハードウェアが限定的:40 TOPS以上のNPUを積んだCopilot+ PC認定機でないと利用できない機能が多く、既存PCへの後付けはできない
- ローカルモデルの性能上限:オンデバイス実行できるのはSLM(小型言語モデル)が中心で、クラウド版の大規模モデルほどの汎用性・精度は期待しにくい
- Recallのプライバシー懸念:初期設計時に「画面を継続的にスクリーンショットして保存する」仕組みへの批判が大きく、Microsoftは既定オフ化・暗号化・Windows Hello認証必須化など設計を見直した経緯がある。導入企業は自社のセキュリティポリシーとの整合を事前に確認すべき
- アプリ側の対応待ち:NPUを実際に活用できるかはアプリ側の実装次第であり、対応していないアプリでは恩恵を受けられない
- ストレージ・メモリ要件:ローカルモデルや画面履歴のインデックスがストレージを消費するため、16GB以上のメモリや十分な空き容量が事実上前提となる
- 企業導入時の管理負荷:Recallなどの機能を組織的に無効化・制御する場合、グループポリシーやMicrosoft Intuneでの設定管理が別途必要になる
混同されやすい用語・類似技術との違い
名前が似ている、あるいは関連が深いために混同されやすい用語との違いを整理します。
| 用語 | Windows Copilot Runtimeとの違い |
|---|---|
| Copilot(Microsoft Copilot / Copilotアプリ) | ユーザーが直接使うチャット型AIアシスタントの「アプリ・サービス」。Windows Copilot Runtimeはその裏側でAI機能を動かす「実行基盤」であり、両者は階層が異なる。Copilotアプリの応答の多くはクラウド側の大規模モデルで生成される点も異なる |
| Copilot+ PC | 40 TOPS以上のNPU搭載などを満たす「ハードウェア認定規格」。Windows Copilot Runtimeはそのハードウェア上で動く「ソフトウェア(実行環境)」。Copilot+ PCという箱があって、初めてWindows Copilot Runtimeの全機能が使える |
| DirectML | GPU/NPUに低レベルでアクセスするためのAPIの一つ。Windows Copilot Runtimeを構成する「部品」であり、Runtime全体を指す言葉ではない |
| ONNX Runtime | Microsoft主導のオープンソースAIモデル実行エンジンで、Windows以外(Linux、macOS、モバイル)でも動く。Windows Copilot RuntimeはこのONNX Runtimeを内部で利用しつつ、Windows固有のシステム機能やAPIを追加提供する上位概念 |
| Windows AI Foundry(旧称含む) | ローカルモデルとAzure上のクラウドAIをシームレスに切り替えて開発できるようにする、より新しい開発者向け枠組み。Windows Copilot Runtimeを土台としつつ、クラウド連携やモデル管理までを含む、より広いブランド・機能群として位置づけられる |
| Apple Intelligence / Google(Android)AI Core | それぞれApple製Mac・iPhone、Android端末向けのオンデバイスAI基盤。目的(端末内でAI処理を完結させる)は共通だが、対応OS・対応チップ・APIが異なり互換性はない。「各社が同様の思想でオンデバイスAI基盤を整備している」と理解すると位置づけがつかみやすい |
導入・選定のポイント(実務向け)
これからCopilot+ PC・Windows Copilot Runtime対応PCを選定する、あるいは自社アプリの対応を検討する際に確認しておきたいポイントをまとめます。
PC購入時に確認すべきスペック
- NPU性能(TOPS):40 TOPS以上がCopilot+ PC認定の目安。用途がAI処理中心なら余裕を見て45〜50 TOPS級のチップを選ぶと安心
- メモリ:16GB以上を推奨。ローカルでのAIモデル実行やRecallのインデックス作成はメモリを消費するため、複数アプリを併用する用途では32GBも検討に値する
- ストレージ空き容量:Recallの画面履歴インデックスやローカルモデルのキャッシュ用に、余裕を持った空き容量を確保する
- CPUアーキテクチャの違い:Snapdragon XはArm系CPUのため、一部のx86/x64専用アプリはPrismエミュレーションを介して動作する。業務で使う専用ソフトがArm対応済みかは事前確認が必須
- OSバージョン:Windows 11 24H2以降であることが前提。企業のPCライフサイクル・キッティング手順にバージョン要件を組み込む
開発者・情シス視点でのチェックリスト
- 自社アプリでAI機能を実装する場合、まず高レベルAPI(Windows AI API)で要件を満たせないか検証する
- Recallなど機微情報を扱う機能は、グループポリシー・Intuneでの組織的な制御方針を事前に決めておく
- Arm版Windows(Snapdragon X機)を配布対象に含める場合は、業務アプリのArmネイティブ対応状況を棚卸しする
- 既存のx86/x64専用モデル資産がある場合、ONNX形式への変換可否・変換後の精度劣化を事前に検証する
- NPUオフロードは万能ではなく、モデルサイズや演算の種類によってはGPU実行の方が高速な場合もあるため、実測でボトルネックを確認する
2025〜2026年の最新動向
- Recall GA(一般提供)(2025年):プライバシー設計を見直し(既定オフ、Windows Hello認証必須、データの暗号化強化など)を経て正式リリース
- Windows AI Foundry:ローカルAIとAzure AI基盤をシームレスに切り替えられる開発者向け枠組みとしてブランドが整理された
- Phi系小型言語モデルのローカル実行対応:Microsoft製のPhi系SLMがWindows上でNPUを使ってローカル実行できるようになり、要約やテキスト生成をオフラインで行うアプリが増えている
- Click to Do・AI Explorerなどの機能拡充:Copilot+ PCのAI機能を横断的に呼び出す仕組みが強化され、アプリをまたいだAI活用の導線が整備されている
- パートナーエコシステムの拡大:Adobe、DaVinci Resolve、Zoomなど主要アプリベンダーがNPU活用APIへの対応を進め、対応アプリの裾野が徐々に広がっている
- Arm版Windowsのアプリ互換性改善:Snapdragon X機におけるPrismエミュレーションの改善や、主要アプリのArmネイティブ移植が進み、Snapdragon X搭載Copilot+ PCの実用性が向上している
なお、AI機能のロールアウトはリージョンや言語、Windowsのプレビュー版(Insider Program)かどうかで提供時期が前後することが一般的です。特定機能の可否は、導入前にMicrosoft公式ドキュメントで最新の対応状況を確認することをおすすめします。
まとめ
Windows Copilot Runtimeは、Windows 11上のAI機能を統合する実行環境で、Copilot+ PCの全機能を提供します。Recall、Live Captions、Windows Studio Effectsなどのシステム機能に加え、開発者向けAPIを通じてサードパーティアプリもNPUを活用できます。IntelとAMDとQualcommの各NPUハードウェアの違いを吸収し、統一的なAI開発プラットフォームとして機能する点が最大の価値です。
一方で、恩恵を受けられるのは40 TOPS以上のNPUを積んだCopilot+ PC認定機に限られ、ローカルで動くモデルの性能にも上限があります。PCの購入や自社アプリの対応を検討する際は、TOPS値・メモリ・CPUアーキテクチャ(x86かArmか)・OSバージョンを具体的に確認し、Recallのようなプライバシーに関わる機能は組織のポリシーと照らし合わせて運用方針を決めておくことが実務上のポイントです。
よくある質問(FAQ)
Q. Windows Copilot Runtimeとは何ですか?
Windows 11に統合されたAI機能の実行基盤(プラットフォーム)です。Recall、Live Captions、Windows Studio EffectsなどのCopilot+ PC機能を提供し、開発者がNPUを活用したAIアプリを構築できるAPIも提供します。
Q. Windows Copilot Runtimeで開発する方法は?
Windows.AI.MachineLearning API(.NET/WinRT)、DirectML、ONNX Runtimeを使います。Visual Studio 2022以降とWindows 11 SDK 26100以降が必要です。Microsoft公式ドキュメントに詳細なチュートリアルが用意されています。
Q. Copilot+ PC対応の確認方法は?
Windowsの「設定」→「システム」→「バージョン情報」で「Copilot+ PC」の表記があれば対応しています。NPUが40 TOPS以上を達成し、Windows 11 24H2以降であることが条件です。
Q. Windows Copilot RuntimeとWindows Copilotアプリ(チャットAI)は同じものですか?
別物です。Windows CopilotアプリはユーザーがチャットでAIと対話するための「アプリ」で、多くの応答はクラウド側の大規模モデルが生成します。一方Windows Copilot Runtimeは、Recallやサードパーティアプリなど各種AI機能をNPU上で動かすための「実行基盤・API群」であり、ユーザーが直接操作する画面を持ちません。
Q. 既存のPC(Copilot+ PC非対応機)でもWindows Copilot Runtimeの機能は使えますか?
Recallや一部の高負荷なAI機能は40 TOPS以上のNPUを前提としているため、Copilot+ PC認定を受けていない既存PCでは利用できません。ただし、クラウドベースのCopilot(チャットAI)自体は多くのWindows PCで従来どおり利用可能です。ローカルNPUを使う機能とクラウドAI機能は要件が異なる点に注意してください。
Q. Recallはセキュリティ的に危険ではないですか?
初期発表時は「画面を継続的に記録・保存する」設計への懸念が大きく取り上げられました。その後Microsoftは、既定で無効化・有効化はユーザーの明示的なオプトイン・Windows Hello(生体認証)によるアクセス保護・保存データの暗号化といった対策を追加しています。企業利用では、グループポリシーやMicrosoft Intuneで組織的に無効化することも可能なので、自社のセキュリティ基準に照らして運用方針を決めるのが安全です。
関連用語
- Copilot+ PC - Windows Copilot Runtimeが動作するAI PCのハードウェア認定規格
- NPU - Windows Copilot Runtimeが活用するAI専用プロセッサ
- TOPS - NPU性能を表す指標。40 TOPSがCopilot+ PC認定の目安
- Recall - Windows Copilot Runtimeが提供するAI検索機能
- DirectML - NPU/GPUへの低レベルアクセスAPI
- ONNX Runtime - AIモデル実行エンジン
- Windows Studio Effects - AIによるビデオ会議エフェクト
- オンデバイスAI - クラウドを介さず端末内でAI処理を完結させる考え方
- SLM(小型言語モデル) - Windows Copilot Runtime上でローカル実行されることが多いモデル形式
- Qualcomm Snapdragon X - Copilot+ PC対応チップの一つ
- Intel Core Ultra - Copilot+ PC対応チップの一つ
- AMD Ryzen AI - Copilot+ PC対応チップの一つ
