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はじめに:なぜ今「トリガー」なのか
2026年、AIはユーザー主導のサポート役から、自律的に動く優秀な秘書へと進化します。常にあなたの状況を見守り、必要なら自分からすぐ行動に出る強力な執事のような存在—それが次世代AIの姿です。
2025年11月、オープンソースのAIアプリケーション開発プラットフォーム「Dify」がバージョン1.10.0で「トリガー(Trigger)」機能を正式リリースしました。この新機能は、企業のAI活用を「人が操作して実行する」段階から「AIが自律的に動き続ける」段階へと進化させる、まさにゲームチェンジャーといえる存在です。
近年、企業のデジタル環境は複雑化の一途をたどっています。複数のクラウドサービス、SaaS、社内システムが乱立し、担当者は各ツールの監視、データの転記、定期レポートの作成など、本来AIに任せられるはずの定型業務に多くの時間を費やしています。AIを導入しても「必要なタイミングで担当者がボタンを押す」という構造が残ったままでは、真の業務自動化とは言えません。
トリガー機能は、この課題を根本から解決します。本記事では、Difyトリガー機能の仕様、設定方法、そして実際の業務への適用例まで詳しく解説していきます。
トリガー機能の概要:3つのタイプを理解する
トリガーとは、ワークフローを自動で開始させるための「スイッチ」のようなものです。従来のDifyワークフローは、ユーザーがテキストやファイルを入力する「ユーザー入力(Startノード)」を起点としていました。トリガー機能では、これに加えて「時間」や「外部アプリのイベント」などを新たな起点として設定できます。
Difyには以下の3種類のトリガーが用意されています:
📋 トリガータイプ一覧
- スケジュールトリガー - 時間をきっかけに実行
- Webhookトリガー - 外部システムからの通知で実行
- プラグイントリガー - SaaSアプリの出来事をきっかけに実行
1. スケジュールトリガー:時間をきっかけに実行
指定したスケジュールに基づいてワークフローを起動する、最も基本的なトリガーです。毎時、毎日、毎週、毎月といった頻度を設定でき、Cron形式での詳細なスケジュール指定にも対応しています。
技術的には、Difyのworker_beatコンテナがCelery Beatを使用してスケジュールを管理し、指定時刻になるとタスクをキックします。プラグインなしで動作するため、最も手軽に使える機能です。
設定画面では、実行する頻度や具体的な時間、曜日などをカレンダーのような直感的なUIで選択できます。設定後には次に実行される5回分の日時が自動表示されるため、意図通りに設定できているか確認が容易です。
2. Webhookトリガー:外部システムからの通知で実行
HTTPリクエストを受け取ることでワークフローを起動する、汎用性の高いトリガーです。Webhookトリガーを追加すると、Difyがそのトリガー専用のURLを自動生成します。このURLを連携先システムの通知先として設定することで、外部システムのイベント発生時にワークフローが自動起動します。
Webhookは3つのパラメータ受け渡し方式に対応しています。Query Parameters(URLパラメータ)、Header Parameters(HTTPヘッダー)、Request Body Parameters(リクエストボディ)のいずれかを選択して、外部システムからのデータを受け取れます。
例えば、システムでエラーが発生した際に、エラー情報をDifyに送信してLLMで要約と対策を生成し、Slackに自動通知するといった使い方が可能です。
3. プラグイントリガー:SaaSアプリの出来事をきっかけに実行
GmailやSlack、GitHubなど、Difyが公式にサポートする外部アプリケーションでの出来事をきっかけにワークフローを起動するトリガーです。「購読(Subscription)」という仕組みで外部アプリと連携し、一度設定しておけば、対象のイベント発生時にDifyへ自動で通知が送られます。
現時点で対応が進んでいるサービスには、Gmail、GitHub、Slack、Google Drive、Dropbox、Notion、Linear、Telegram、Larkなどがあります。GmailトリガーはCloud Pub/Sub経由でメッセージの受信、削除、ラベルの追加・削除などのイベントに対応しています。GitHubトリガーは50種類のイベントに対応し、Issue作成、Pull Requestの作成・レビュー、スターの追加、リリース作成などを検知できます。
設定方法:実践的なステップガイド
スケジュールトリガーの設定手順
ワークフローのキャンバスで「+」ボタンを押し、「始める」タブを選択します。スケジュールトリガーを選択後、実行頻度を設定します。毎日午前9時にニュース収集を行うワークフローであれば、「毎日」を選択し、時刻を9:00に設定するだけです。
後続のノードとして、Web検索ツールでニュースを取得し、LLMノードで要約を生成、最後にSlackやメールで結果を通知するといった構成が典型的です。
Webhookトリガーの設定手順
Webhookトリガーを追加すると、固有のWebhook URLが自動生成されます。例えば http://localhost/triggers/webhook/HZcDjWAioBt7DyTP2pHupJM2 のような形式です。
Request Body Parametersを使用する場合、受け取りたいパラメータを定義します。例えばエラー通知システムであれば、event(イベント種別)、job_id(ジョブID)、error_message(エラーメッセージ)などを設定します。
外部システムからは、以下のようなcurlコマンドでワークフローを起動できます:
curl -X POST "http://your-dify-url/triggers/webhook/xxxxx" \
-H "Content-Type: application/json" \
-d '{"event": "job_failed", "job_id": 123, "error_message": "Connection timeout"}'
正常に処理されると {"status":"success","message":"Webhook processed successfully"} というレスポンスが返ります。
プラグイントリガー(Gmail連携)の設定手順
Gmail連携では、Google Cloud側でGmail APIとCloud Pub/Sub APIを有効化し、Pub/SubのTopicにGmailイベントが流れるように設定します。Dify側でSubscriptionを作成すると、Callback URLが生成されるので、このURLをCloud Pub/SubのPush先として登録します。
Label IDsで監視対象を絞り込めます。例えば「INBOX」のみを選択すれば、受信トレイに届いたメールだけをトリガー対象にできます。
業務適用例:現場で活きる自動化シナリオ
💡 業務適用事例
事例1:毎日の業界ニュース収集と要約配信
営業部門やマーケティング部門では、競合動向や業界トレンドの把握が重要です。スケジュールトリガーを使って毎朝8時に業界ニュースを自動収集し、LLMで要約を生成してSlackの専用チャンネルに投稿するワークフローを構築できます。
これにより、担当者が毎朝30分かけていたニュースチェックが自動化され、出社時には既に要約されたニュースが届いている状態を実現できます。
事例2:顧客問い合わせメールの自動分類と優先度付け
Gmailトリガーを活用し、問い合わせメールを受信した瞬間に内容を分析、カテゴリ分類と緊急度判定を行い、適切な担当者にルーティングするワークフローです。
メール本文をLLMで解析し、「技術的な問題」「料金に関する質問」「解約リスクあり」などのタグを自動付与。緊急度が高いと判断されたものは即座にSlackで担当者にアラートを送信します。
事例3:GitHub Issue起票時の自動対応
GitHubトリガーでIssue作成イベントを検知し、Issueの内容をLLMで分析して、関連するドキュメントやナレッジベースから情報を検索、初期回答案を自動でコメントするワークフローです。
オープンソースプロジェクトや社内ツールのサポートで、初動対応時間を大幅に短縮できます。
事例4:定期レポートの自動生成
月末になるとスケジュールトリガーが起動し、各種データソースから売上データや進捗情報を収集、LLMで分析・レポート化し、PDFを生成してメールで関係者に配信するワークフローです。
属人化しがちな月次レポート作成を完全自動化でき、担当者の工数削減と品質の均一化を同時に実現します。
事例5:エラー監視とインシデント対応の自動化
Webhookトリガーを使い、監視システムからのアラートをDifyで受信。エラーログをLLMで分析して原因の推定と対策案を生成し、PagerDutyやSlackでオンコール担当者に通知するワークフローです。
夜間や休日のインシデント発生時でも、AIが一次分析を行った状態で担当者に引き継げるため、MTTR(平均復旧時間)の短縮に貢献します。
導入時の注意点と技術的考慮事項
⚠️ 導入時の考慮事項
環境要件
スケジュールトリガーとWebhookトリガーはDifyの組み込み機能としてプラグイン不要で動作します。一方、SaaS連携のプラグイントリガーを利用するには、Dify側のエンドポイントをインターネットに公開し、正規のSSL証明書でHTTPS化する必要があります。
クラウド版Difyでは特別な設定なく利用できますが、セルフホスト環境ではネットワーク構成やセキュリティポリシーとの兼ね合いを検討する必要があります。
安定運用のための設計
トリガー機能は長時間稼働を前提とした設計がなされており、エラー時の自動リトライ、実行ログ・履歴の可視化、複数トリガーの並行設定などの機能を備えています。ただし、本番環境での運用前には、テスト環境で十分な検証を行うことを推奨します。
今後の展望
Difyは今後、外部サービスのイベント連携の強化、大規模環境での安定稼働および監視機能の強化、ノーコードでの高度な業務オーケストレーション開発、AIエージェントの長時間稼働への最適化などを進めていくとしています。
まとめ:AIを「動かす」から「動き続ける」へ
Difyのトリガー機能は、AIワークフローを「必要な時に呼び出す存在」から「常に企業の背後で動き続ける存在」へと変革する機能です。スケジュール、Webhook、プラグインという3つのトリガータイプを使い分けることで、定型業務の自動化、外部サービス連携、イベント駆動型処理など、幅広いユースケースに対応できます。
特に日本企業が抱える「属人化」「手作業の多さ」「システム間連携の煩雑さ」といった課題に対して、トリガー機能は強力なソリューションとなり得ます。NTTデータ、カカクコム、リコーなど大手企業でのDify導入実績も増えており、今後さらに活用が広がることが予想されます。
まずはスケジュールトリガーを使った定期ニュース収集など、シンプルなワークフローから始めて、徐々にWebhookやプラグイントリガーを活用した高度な自動化へとステップアップしていくことをお勧めします。AIが自律的に動き続ける時代は、すでに始まっています。
