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はじめに:SDGsゴール1「貧困をなくそう」
持続可能な開発目標(SDGs
)の最初のゴールは「貧困をなくそう」です。2015年に国連で採択されたこの目標は、2030年までに極度の貧困を撲滅し、すべての人々が基本的な生活水準を享受できる世界を目指しています。
しかし、世界の貧困の実態はどうなっているのでしょうか。本記事では、世界銀行、国連、国連開発計画(UNDP)などの公式データを基に、世界の貧困の現状と課題を詳しく見ていきます。
極度の貧困の定義と現状
極度の貧困とは
世界銀行は、1日あたり2.15ドル未満で生活している人々を「極度の貧困」と定義しています。この基準は2022年に更新されたもので、物価上昇を考慮して従来の1.90ドルから引き上げられました。
過去30年の進歩
1990年代以降、世界の貧困削減は大きく進展しました。世界銀行の世界開発指標(WDI)によると、以下のような変化が見られます:
- 1990年:極度の貧困人口は約19億人(世界人口の36%)
- 2010年:約12億人(18%)
- 2019年:約6.5億人(8.4%)
- 2023年:約7億人(9%)
特に中国やインドなどの経済成長により、数億人が貧困から脱却しましたが、2020年の新型コロナウイルスパンデミックにより、数十年ぶりに貧困人口が増加に転じました。
地域別の貧困の実態
サブサハラアフリカ:最も深刻な地域
アフリカ開発銀行(AfDB)や国連経済社会局のデータによると、サブサハラアフリカは世界で最も貧困率が高い地域です。
サブサハラアフリカの極度の貧困率
約40%この地域だけで世界の極度の貧困人口の約60%を占めています
主な要因:
- 急速な人口増加
- 紛争や政情不安
- 気候変動による干ばつや洪水
- 医療・教育インフラの不足
南アジア:人口規模の大きな課題
南アジア地域(インド、バングラデシュ、パキスタンなど)は、貧困率は低下傾向にありますが、人口規模が大きいため、依然として多くの貧困層が存在します。
- インド:約2億人が極度の貧困状態(世界銀行インドデータ)
- バングラデシュ:貧困率は大幅に改善したものの、約10%が極度の貧困状態
- パキスタン:人口の約5%が極度の貧困状態
東南アジアと中南米
東南アジアや中南米では、経済成長により貧困率は低下していますが、所得格差の拡大が新たな課題となっています。
- 東南アジア:極度の貧困率は3%未満に低下
- 中南米:極度の貧困率は約3-4%だが、コロナ禍で一時的に増加
多面的貧困指数(MPI)で見る貧困の実態
国連開発計画(UNDP)とオックスフォード大学貧困・人間開発イニシアティブ(OPHI)が共同開発した多面的貧困指数(MPI
)は、所得だけでなく、教育、健康、生活水準など10の指標で貧困を測定します。
MPIが測定する3つの次元と10の指標
1. 健康
- 栄養状態
- 子どもの死亡率
2. 教育
- 就学年数
- 子どもの就学状況
3. 生活水準
- 調理燃料
- トイレ設備
- 飲料水
- 電気
- 住宅
- 資産
この指標により、所得基準では貧困とされない人々も、実際には教育や医療へのアクセスが不十分であることが明らかになります。
新型コロナウイルスの影響
パンデミックによる貧困の拡大
世界銀行の貧困・繁栄報告書によると、新型コロナウイルスのパンデミックは数十年ぶりに世界の貧困削減の進展を逆転させました。
- 2020年:約7,000万~1億人が新たに極度の貧困に陥った
- ロックダウンによる失業や所得減少が主な原因
- 特に非正規雇用者や零細企業が深刻な打撃を受けた
経済回復の不均衡
2021年以降、多くの国で経済が回復しましたが、その恩恵は不均等に分配されています。
- 先進国:ワクチン接種の進展と財政支援により急速に回復
- 途上国:医療資源の不足と限られた財政余力により回復が遅延
- この格差により、貧困削減の進展にも地域差が拡大
気候変動と貧困の関係
気候変動が貧困層に与える影響
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)や国連気候変動枠組条約(UNFCCC)のデータによると、気候変動は貧困層に最も深刻な影響を与えています。
- 農業への影響:干ばつや洪水により農作物の収量が減少
- 水資源の枯渇:飲料水へのアクセスが困難に
- 自然災害の増加:台風、洪水、山火事などによる被害
- 健康リスク:熱波やマラリアなどの感染症の拡大
子どもと女性の貧困
子どもの貧困
ユニセフ(国連児童基金)のデータによると、子どもは貧困の影響を最も受けやすい層です。
- 世界の子どもの約半数(約10億人)が多面的貧困の状態にある
- 栄養不良、教育機会の欠如、医療へのアクセス不足などが深刻
- 幼少期の貧困は、生涯にわたる発達や所得に影響
女性と貧困のジェンダー格差
UN Women(国連女性機関)によると、女性は男性よりも貧困に陥りやすい傾向があります。
- 低賃金労働や非正規雇用に従事する割合が高い
- 教育機会や資産所有の制限
- 家事・育児の負担による就労機会の制約
- 世界の極度の貧困層のうち、女性が占める割合は約55%
貧困削減への取り組み
各国政府の政策
多くの国が貧困削減のための政策を実施しています。
現金給付プログラム
- ブラジル:ボルサ・ファミリア(
Bolsa Família
)プログラムにより数百万人が貧困から脱却 - インド:国家農村雇用保証法(
MGNREGA
)により農村部の雇用創出 - ケニア:モバイルマネーを活用した現金給付
教育・医療への投資
- 無償教育の拡大
- ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(
UHC
)の推進 - 栄養改善プログラム
国際機関と民間セクターの役割
貧困削減には、政府だけでなく、国際機関や民間企業、NGOの協力が不可欠です。
- 世界銀行:開発途上国への融資と技術支援(世界銀行プロジェクト)
- 国際通貨基金(
IMF
):経済安定化と貧困削減支援(IMF公式サイト) - アジア開発銀行(
ADB
):アジア太平洋地域のインフラ開発(ADB公式サイト) - ビル&メリンダ・ゲイツ財団:医療と農業分野への支援(ゲイツ財団)
2030年までの展望と課題
SDGs達成への道のり
国連SDGs公式サイトによると、2030年までに極度の貧困を撲滅するというゴール1のターゲット達成は、現在のペースでは困難な状況です。
- 現在の進展速度では、2030年までに約5億7,500万人が極度の貧困状態に留まる見込み
- 新型コロナウイルス、気候変動、紛争などの影響により進展が停滞
必要な対策
目標達成に向けて、以下の取り組みが求められています:
- 包摂的な経済成長:すべての人々に雇用と所得機会を提供
- 社会保障制度の強化:セーフティネットの拡充
- 教育への投資:質の高い教育へのアクセス拡大
- 医療制度の充実:ユニバーサル・ヘルス・カバレッジの実現
- 気候変動対策:気候変動に強い農業と防災システム
- ジェンダー平等:女性のエンパワーメントと機会の平等
- 国際協力の強化:ODA(政府開発援助)の拡充と効果的な援助
まとめ
世界の貧困問題は、過去30年間で大きく改善されましたが、依然として約7億人が極度の貧困状態にあります。特にサブサハラアフリカや南アジアでは、人口増加や気候変動、紛争などの影響により、貧困削減の進展が遅れています。
新型コロナウイルスのパンデミックは、数十年ぶりに貧困削減の進展を逆転させ、数千万人が新たに貧困に陥りました。さらに、気候変動は貧困層に最も深刻な影響を与えており、対策を講じなければ、2030年までにさらに1億人以上が貧困に陥る可能性があります。
SDGsゴール1「貧困をなくそう」を2030年までに達成するには、各国政府、国際機関、民間セクター、市民社会が協力し、包摂的な経済成長、社会保障制度の強化、教育・医療への投資、気候変動対策、ジェンダー平等の推進など、多面的なアプローチが必要です。
私たち一人ひとりも、貧困問題への理解を深め、寄付やボランティア、エシカル消費などを通じて、この世界的な課題の解決に貢献することができます。